東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1585号 判決 1955年8月09日
控訴人(原告) 三瓶金属工業株式会社
被控訴人(被告) 国
訴訟代理人 杉本良吉 外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。債権者控訴人債務者訴外三和コンヂツト株式会社間の東京地方裁判所昭和二十八年(ヌ)第二九三号不動産強制競売申立事件について、昭和二十九年二月十八日同裁判所が作成した配当表のうち競売手続費用金一万七千九十八円を申立債権者に交付するとある部分を除いてその他を左のとおり変更する。一、金二十三万円を申立債権者に交付する。二、金一万九千二百三十五円を東京都港税務事務所長に交付する。三、金三十三万三千六百六十七円を申立債権者に交付する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、新たに当事者双方が次のとおり述べたほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。即ち、
控訴代理人は「控訴人が配当要求をなした共益費用の債権金二十三万円を配当表に記載しなかつたことは不当である。本件競売の目的たる建物は(債務者)訴外三和コンヂツト株式会社が無許可無届で建築所有していたもので一般には訴外人の所有であることを覚知することは不可能な情況にあつたが、控訴人が訴外人に対し東京地方裁判所昭和二十七年(ワ)第七七九一号約束手形金請求訴訟事件を提起し勝訴の判決を得、よつて訴外人に代位して家屋新築の届出及び保存登記をなし本件競売申立が適法に進行し得ることゝなつたのである。このように債務者の隠匿した財産を摘発して競売の目的に供しその結果は総債権者の利益に帰したことは明白であつて、控訴人が右訴を提起し競売の申立に要した諸費用は債務者の財産の保存に要した共益費用に外ならないから、この費用合計金二十三万円を共益費用の債権として配当要求をしたのである。しかして右金員の内訳は、本件差押の基礎となつた債権につき債務名義を得るために要した費用金十万円及び本件競売申立をするに至るまでに要した費用金十三万円である。右前者については、右債務名義があることによつて代位登記が可能となり、また本件競売申立が適法となつたのであり、このことが無ければ本件競売申立が出来なかつたのであるから、共益費用というべきである。また右後者については、右のとおり債務名義を得たものゝ訴外人の財産の処在が判明しないときに控訴人が弁護士を依頼して本件財産を摘発し債務名義に基ずき代位登記及び差押ができたのであつて、このことがなければ訴外人の本件財産を発見し競売することができなかつたのであるから共益費用である。被控訴人は訴外人に対し数十万円の債権を有するにかゝわらずこれを取り立てる手段を講ずることなく数年間を経過したが、控訴人自己の債権を保全するため弁護士を依頼し東京弁護士会所定の報酬規程による相当費用を支出して訴外人の財産の差押をしたので他の債権者が配当を受ける機会を得たのであり、この費用を支出したことが債権者の利益に帰したのであるから、この費用を配当から除外することは公平を欠くこととなるから先取特権のある債権として優先的に支払わるべきものと信ずる。
国税徴収法第二条の国税には現年度又は過年度の区別なくすべての国税に優先徴収権を与えたものであるとすればそれは不当に債権の効力を侵害するものであつて日本国憲法第二十九条に違反する無効の規定である。即ち、法は常に社会心意においてこれを破るべからざる規律なりとして認識することにその成立の根拠を有する。社会心意とは社会の一般人の心理を支配する社会力であつて法はこの社会的の力に基ずいて存在するものである。もしこの社会力が欠除し又は薄弱となればたとい立法権者の制定するものであつてもあるいわ初めから法たる力を有することを得ず又は久しからずして自ら法たる力を失うに至るものである。国税徴収法の原始規定は明治三十年三月二十九日公布され同年七月一日から施行されて今日に及んでいるのであるが、現行憲法施行以前の法令に対するわが国一般の社会意識としては、国憲を重んじ国法に遵うことがわれわれの美徳であると観念しあえて法令の合憲性を批判することを忘れひたすら法令に盲従する傾向にあつた。従つて国税の優先徴収権に関する規定はすこぶる不当のものであるけれども、この盲従性の故に辛うじて今日まで法としての妥当性を持ち続けて来たに過ぎないのであるから、この規定に対するわが国の社会心意は決して強固であつたということはできない。しかして現行憲法の前文中に「そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであつてその権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者が行使し、その福利は国民がこれを享受する」という民主主義の政治理念を掲げ「これを人類普遍の原理であり、この憲法はかゝる原理に基ずくものである」として国民主権主義が国内政治における各国に共通する基本原理であるとの見地においてこの原理に反する「一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と宣言し更に「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保」することを目的としてこの憲法を制定するに至つたこと「専政と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」という理想を強調していることは、この憲法が基本的人権尊重主義をとつていることを示すものであり、第三章の国民の権利及び義務の規定はこの原理に基いたものである。そしてその第二十九条は「財産権はこれを侵してはならない」として財産権不可侵の原則をとりつゝしかもそれが公共の福祉のためには制限をうけること、正当の補償を条件として公共のために用いることがあると定められた。この規定の趣旨解釈はともかく法律をもつてしても財産権を侵すことは許されないことを保障したものである。国税徴収法第二条の規定は明治憲法下臣民の権利自由は法律の範囲内において許されるとする主義に基ずいて制定されたものである。それ故現行憲法の基本原理に反することはあえて説明しないでも明白であり、国税優先の規定は憲法第二十九条に反することもまた明瞭であるから新憲法の前文のこの原理に反する「一切の憲法、法令及び詔勅を排除す」という宣言ならびに第九十八条の規定に基いて無効とすることがわが国現時の社会心意に適合するものである。
また被控訴人は訴外人に対し数十万円の租税の滞納があると称しながらなんらその徴収方法を講ずることなく怠慢のまゝ数年の日時を過し、たまたま控訴人が苦心惨憺の上本件財産を摘発して競売に付するや国税徴収法の規定に基ずき滞納税額の交付要求をした。しかし法律の規定は怠慢者を保護するために設けられたものではない。事の公平を期するため或は先取特権を認め、(民法第三〇六条)又は平等を認め(民法相続)或は按分配当を認めている。従つて法律は本件における被控訴人の如き怠慢者を保護するために設けられたものでないから、被控訴人自らが差押競売をしたときはその優先特権がなければならないけれども、他人の辛労により得たる獲物に対して残余が皆無に帰するまで優先権を認めることは公平の原則に反する。従つて仮りに被控訴人の権利を認めるとしても、本件においては控訴人との債権額の按分によつて配当することが妥当であるから、按分計算により本件配当表を作成すべきものである。」と述べた。
被控訴指定代理人は「国税徴収における交付要求は国税徴収法施行規則第二十九条、同法施行細則第十七条ノ二の規定により滞納金額の年度、税目、納期、税額、加算税額、利子税税額延滞加算税額及び滞納処分費を明示してこれをなすことになつている。しかして民事訴訟法第六百四十六条の規定により配当要求の原因の開示が要求されているのは、配当要求の基礎となるべき債権を識別しこれを特定せしむる必要に由来するものであるから、右交付要求の方式は、同条の趣旨に反するものではない。したがつて租税債権成立の原因関係(所得の種類、金額、税率、算出の基礎の理由)をも開示すべきことを主張する控訴人の主張は理由がない。
また控訴人の金二十三万円の共益費用の債権の主張は、同費用が国税徴収法第二条第六項の規定にいう強制執行費用に当ると主張するなら格別であるが、そうでないとすれば、右のような配当手続上の違法は執行裁判所に対する不服の方法によるべきものであるから、右主張は全く筋違いであるといわざるを得ない。
更に、控訴人の憲法違反の主張については、国税が国家の財源の大宗であつて、国家はこれによりその諸施策を遂行し国民はそれにより利益を享受するものであるから、国税の優先徴収の規定は公共の福祉に適合するものであつて、右主張は独自の見解と解せぎるを得ない。
なお控訴人の本件配当表の記載が公平の原則に反するとの主張は否認する。」と述べた。
<立証省略>
理由
当裁判所は控訴人の本訴請求はその理由がないものと認める。その理由については、左のとおり附加するほか、原判決の理由はすべて首肯し得るからこれを引用する。
一、控訴人の前記共益債権の主張については、仮りにその主張の事実が存在するとしても、同費用が国税徴収法第二条第六項にいわゆる強制執行費用に該当するものでないことは、その主張自体に徴し明白であり、かつ被控訴人の交付要求に係る債権が、控訴人主張の金二十三万円の債権(同債権が控訴人主張の事由により発生したとしても)に優先するものであることは、国税徴収法第二条に於て明定するところであるから、控訴人のこの点の主張は到底採用し難い。
二、国税徴収法第二条の規定は、国税が現年度分たると過年度たるとを問わず、国税について他の債権に優先して徴収する趣旨の規定である。おもうに、このような規定の設けられた所以は、国税が国家の財源の大宗であり、これあるがために国家の経費が賄われ、国家がその施策を実施し、国民がその利益を享受し得るのであつて、国家がその財源を確保する公益的必要より出でたものと解すべく、従つて右規定はもとより適法であり、何等不当に他の債権の効力を侵害し憲法第二十九条に違反していると考えることはできない。控訴人のこの点の主張は、右見解と異なる見地に立つもので採用に値しない。
三、前段説示のとおり、国税徴収法第二条の規定を適法と解する以上、過年度分の国税について、優先徴収権が認められているからとて、何等公平の原則に反するものではなく、控訴人のこの点の主張は独自の見解によつて立論するものであつて、到底採用できない。
よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべく、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条本文、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)